アカルイツキ

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【鑑賞記録】NODA・MAP 贋作 櫻の森の満開の下

贋作 櫻の森の満開の下を観てきた。
(ちなみにこの芝居は、「にせさく」と読む)

 

桜と言えば、野田秀樹

前回の2000年から17年も経ってるんでしたっけ?とびっくりしたけど、

毎年、桜が咲くとこの芝居を思い出しているから毎年観ているような気になっていたのかもしれない。

以下、ネタバレあります。

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トークライブ「あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。」をテーマに語る会を開催しました

 

安冨歩さんの本「あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。」をテーマに、私の自己嫌悪が手離れていったプロセスを120分トークしました!

この本、私がフェイスブックに投稿した後に会った友人知人の方5人から、あの投稿見て買ったと言われて驚きました。会ってはないけどコメントいただいた方も含めると10冊くらいは貢献したかもしれない(笑)

 

あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。 他人に支配されず、自由に生きる技術
 

 ↑安冨さんの本はこちら。

 

「生きづらい」「自己嫌悪」という言葉は、けっこうキツくて、重い言葉なんだと思います。

だから、「私には関係ない」とか、「私はそこまでではないしな・・・(困ってはいない、生きづらいというほどでは・・・など)」と思うかもしれません。

だけど、私は、そんなこととは全く無縁だという人はいないんじゃないかなと思っています。自己嫌悪したことのない人も多分いないし、生きづらさもグラデーションの違いで、生きづらいとまではいかなくても、「なんだかしんどい」「よくわからないけど、いままでと同じようにやっているのに疲れてる」みたいなことは誰にでも起きるんじゃないかなと思っています。

 

昨日、人類を代表して(!)私の話を聞きに来てくださった皆さんにも、私の話を自分の中にあることに置き換えたり、私とは違うけど、似たような部分があるなとか、ああそれは私にもあったなと感じてくださったり、ということがあったようで、終わった後にそんな感想をいただきました。

 

120分、ほとんど私が話して、少人数だったので、最後にまとめてというよりは、話しながら、質問を入れていただく形になり、そこからまた派生して話を展開するような流れで、トークしました。

自分の中でそんなことが起きていたなあということを、改めて言葉にしてみるというチャレンジだったなと思います。

安冨さんが開示してくださっているように、うまくまとまりはしていないけれど、自分の中にあるものを開示していくことで世界と繋がっていく試み。

子どもの頃から振り返って、自分が子どもを産んだ後に、子どもたちが「自分を嫌い」にならないようにしたいと思ってやってきたこと。

人生の過程でやらかしちゃってる様々なことも思い出しながら(笑)つい最近のことまで。

うまく話そうとか、わかりやすく話そうとかせずに、正直な自分で話す、ということだけ意図して、出せるものを全部出すという場でした。

安冨さんの本で、響いた箇所などもところどころ紹介はしたものの、ほぼ自分の体験のプロセスの話になりました。

面白かったなぁ!

 

なんと複数のリクエストをいただきまして、12月7日(金)にも開催することが決定しました!(日程だけ決めました〜)

とっても嬉しいです。

多分(というか確実に)今回と同じ話にはならないのですが、

終わった後に次やるならやってみたいと思ったことがいくつか浮かんでいるので、試行錯誤してやってみるつもりです!

今からワクワク。

 

安冨さんの言っている自愛(自分自身を大切にすること)から、世界を眺めてみると、自己嫌悪から眺める世界とはまったく違うものになるのだなー。

もし興味があったら、聞きにきてくださいね。

 

===

ワークショップなどやっております。

募集中のワークショップ

1117日(土)13時半~

 

私が「キャリア」で大切にしたいこと~Points of You®️を使ってみよう! 

 

個人向けのカウンセリングもやっています。内的ジャーニーのガイドします。

アカルイツキ counselingtherapy on Strikingly

 

 

今の私のスタイルを楽しむ〜中年期のおしゃれは楽しい!

先日、友人のイラストレーターで美の探求者であるナカオクミさんの「今の私のスタイルをたのしむ会」に参加してきました。

仕掛け人である聖子さんのブログはこちら↓ 

華やかなもの、良いものを堂々と - ひととび〜人と美の表現活動研究室

 

中年期になって、こんなに楽しいオシャレを堪能できるとは!って感じで、ほんとうに楽しかった!
いきおい余って、たくさん自撮りするという普段はなかなかやらないこともした(笑)

 

久美さんが選んでくださる服や小物を纏ってみると、今までと違う世界が見えるよう。
私の視界が広がる体験でした。

 

こんなにやっても、帰りに押し売りされないって最高!!w
(服はすべてスタイリスト私物)

今回の会に当たって、事前に普段の自分のスタイル(服を着ている写真1週間分)を提出し、現在のスタイリングの悩みをお伝えしていました。

私のリクエストは、「品があるけど、ちょっとセクシーさ&大人のかわいさも取り入れたいなーって思ってますが、なかなか難しい!」というもの。

 これに沿って、久美さんが、私に似合うと思うスタイルブックのようなイラストを描いて用意してくださってました!これがまた素敵でした。

が、そのイラストどおりにスタイリングするのではなくて。

実際に今、目の前にいる私たち、服を着て、小物をつけて、エネルギーが変わっていく私たちを見て、またセレクトを変えていく。

その巡り。

 

久美さんは、プロのスタイリストではありませんが、美に対する独特なセンスと飽くなき探究心をお持ちで、「今の私」だからこそ楽しめるファッションについて、もうほんと惜しみなく、全部出してくださいました。

 

若作りしたいとか、美魔女とか、目指してないから、オシャレなんて縁遠いし贅沢だ、とか、
ザ・無難ファッションしかしてこなくて、何をどうしたもんかさっぱりわからない、、、という悩みにも、一緒に考えてくださったり、自分はこうしているという例を出してくださったりして、目から鱗が落ちました。

 

自分が楽しむために装う、のは、
ほんとうに豊かな時間でした。
エネルギーが満ちて、循環するような。

衣食住を整える、というのは、ほんとうに大切だなーと思う今日このごろ。

大切に選んで、大切に扱う。

そんな風に暮らしたいのだと思います。

 

 

 

「怒り」という感情について

秋の空。

会社員だった頃は、空を眺める余裕がなかった時があったなあと思い出しました。
気持ちの良い空を眺めることが出来て幸せ。

今日は、「怒り」について、書いてみようかと思います。

 

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呼吸とともにある

月に一回、松永真美ちゃん(真美ちゃんのホームページ=Re-member | 呼吸と体を使って自分のまんなかを思い出す)のグループセッションで呼吸のお稽古を続けています。

単に呼吸のお稽古というのではなくて、もはや生き方の探求、生き方そのものへの問いのようなセッションです。

私は今、多重迷走神経理論というのが面白くて、脳科学と一緒に学んでいるところですが(完全にオタクの領域です^^;;;)、

真美ちゃんが教えてくれている呼吸は、「神経システムを整えてトラウマを解放する」という理論から見ても、全く相違なく、「呼吸をやってれば大丈夫」というのは、ほんとだなと思ったりしています。

呼吸調整法を使って呼吸をニュートラルにしていく、ということなのですが、これはもう私にとっては完全に、瞑想(動きのある瞑想)の時間です。

終わった後に頭が非常にクリアになります。余計な思考が一切止まっている状態は、とてもスッキリしていて、そして、自分の中は満ち足りている状態。

グループでやると、またグループダイナミズムというか相互作用が起きて、一人でやっている時に気づけなかったことも起きたり。奥深くて、本当に面白い。

 

今回は、身体の右側と左側の感覚の微細な違い。

自分の身体のくせ(身体のくせは、思考のくせや感情のくせとも通じている)のこと。私の中の古いトラウマ的体験。

呼吸を浅く速く、緊張感バリバリで働いていた時のこと。

などの気づきが深まりました。

 

命は呼吸とともにある。

 

私は、呼吸や身体に目を向けると、自分の状態がとてもわかりやすくて、腑に落ちやすいのです。

身体の声を聴けるようになると、身体のその先にあるものへたどり着く。

あるがまま、存在そのもの。

そんな感じです。

 

 

===

ワークショップなどやっております。

募集中のワークショップ

112日(金)13時半~

私が「パートナーシップ」で大切にしたいこと~Points of You®️を使ってみよう!

1112日(月)13時半~

トークライブ『「あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。』をテーマに語る

1117日(土)13時半~

私が「キャリア」で大切にしたいこと~Points of You®️を使ってみよう!

 

個人向けのカウンセリングもやっています。自分の命を大切に生きたい方へ。

アカルイツキ counselingtherapy on Strikingly

 

「傷つく」ということ

自分が「傷ついた」と自覚したとき、何が起きますか?

 前回の記事で、私は自分の傷ついた体験から自己嫌悪のパターンについて書きました。

mayuminaba.hatenablog.com

自己嫌悪が初期値で立ち上がってくるになっている時だったら、

① 傷ついたことはなかったことにして見ない。

② 相手の言葉に対して、自分のできる最大限のポジティブ解釈をする。

③ 相手は私のためを思って言ってくれたのだと脳内インプットする。

④ 私は相手から思われている、と解釈する。(←①のなかったことが強化される)

⑤ 後から(何年も経ってからということもある)、不快であり、見なかったことにしていた傷つきが「忘れてんじゃねーよ」と暴れ出す。

⑥ こんな私はダメだと自己嫌悪する。

⑦ ②〜④を繰り返す。

というような流れが起こっていました。

傷つきがあるとき、①の前に、傷ついたことへのショック+相手への怒りが湧いてくることがあります。

(あまりに麻痺させていて、それも感じないようになっている場合もあるが、それはまた別の機会に)

 「なんでこんなひどいことを言うんだ」「わかっているのにそこまで言われたらつらい」「もう少し言い方があるんじゃないか」「人がみている前で言うなんて恥をかかせて」などなどの怒りや憤り、恥というような感情がわいてきて、出てくる内なる言葉。

ようは、「相手がこんなことを言わなければ自分は傷つかなかった」=相手のせいで自分はこんな傷つく羽目になった、というようなことが起きる。

私は子どもを産む前は、傷ついたということすらわからなくなっていて、子どもを産んで自分の子どもの頃の記憶が戻ってきたら、怒りがわいてイライラが止まらなくなった。その時、この「相手のせい」がよく起こりました。

そして、そこにまた自己嫌悪が発動して「そんな相手のせいにしてしまう自分を嫌悪する」というループが待っていました。

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トークライブ「あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。」をテーマに語る会をやります

 11月12日(月)13時30分〜 安冨歩さんの著書「あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。」をテーマにして、私が自己嫌悪を手放していったプロセスを語るトークライブをやることにしました。

イベントはこちら↓

トークライブ『「あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。』をテーマに語る

 

最初は読書会にしようかなと思っていたのですが、「生きづらさ」と「自己嫌悪」について、私が語りたいことが次から次に湧いて出てくるので、私が自己嫌悪から抜け出していったプロセスをこの本をテーマに語ってみようと思いつきました。

あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。 他人に支配されず、自由に生きる技術
 

トークライブをやろうと思ったきっかけは、友人のせいこさんにお願いしてやっていただいたオンラインでの「読書会のつくりかた」講座でした。

(せいこさんのブログ↓

こちらは私が参加したものではないけれど、この講座を個別アレンジしていただいた感じ。

主催者の目を持つ(読書会のつくり方講座) - ひととび〜人と美の表現活動研究室

 

参加者2名で、個別のニーズに合わせて90分の濃縮バージョンで受けさせてもらったのですが、これを受けている間に、「ああ、これ(読書会)は私がこの本でやりたいことじゃないわ」と気づいたんですね。

(そして、読書会のひらきかたとしては、この講座を受けてとっても腑に落ちたのでいつかまた別の機械に読書会はやりたいです。)

すごくショートバージョンの実践的な読書会をやってみて、やり始めた瞬間に気づいた。これじゃないと。

そして、私は表現したいのだ、と肚に落ちてきました。

自分の自己嫌悪との長い長い戦いを終えたことを、表現してみたいという感じ。

ただ、話したい、聴いてもらいたいというのとも違う欲求が湧き上がってきました。

というわけで「やりたいから、やってみる」、というのをやります。

 

ここでちょっと話がそれるかもしれないけど、そして一部を切り出すと誤解が起きて、私が誰かを傷つけるかもしれないという恐れも立ち上がってくるのだけれど、私に起こったことを書いてみようと思います。

読書会の講座での実践練習は、実はボロボロでした。これはちょっとないなーと自分でも思ったので、そのフィードバックも率直にそのことを出してくださいました。

その私がもらったフィードバックの中の言葉で、私がその時に一瞬、脳天打ちのめされて、うぎゅーっとなって傷ついた言葉がありました。

そして、それは、そのように意図されて出てきた言葉では全くなく、真摯に真剣によりよい場を作るために見えている事実に対するフィードバックの言葉であることが十分に理解できたし、それに対するフォローもあって、本当に有難いことで、本気で向き合ってくれているからこそ出てくる言葉だったと、とってもとっても感謝しました。

「ありがとうございます」と受け取れた言葉でした。

だから、そのフィードバックや言葉が悪かった、とかではないのです。

でも、その感謝があったからといって、「傷つかなかった」ということにはならない。

その後に、私がやったことは自分を自分で癒すってことでした。

癒すってことは、感謝していることはそのまま脇においといて、傷ついている自分をちゃんと見るってことです。そこにあるものに気づくということです。

ああ、これができるようになった、という私がいて嬉しかった。

そして、夜寝る前に、これは明日の朝起きたら、すっかり回復していると思えた。実際に、朝目覚めたら、スッキリしていて、傷は昨日よりずっと良くなっているし、もう傷でさえないかもしれない。

この健やかさが、自己嫌悪があった時にはほとんど持てなかったと振り返って思いました。

いつまでもいつまでもその傷をジクジクジクジクほじくり回し、何年も何年もその傷を抱えてずっと自分を傷つけている。それが自己嫌悪のなせる技だったと思う。

自己嫌悪が初期値で立ち上がってくるになっている時だったら、

① 傷ついたことはなかったことにして見ない。

② 相手の言葉に対して、自分のできる最大限のポジティブ解釈をする。

③ 相手は私のためを思って言ってくれたのだと脳内インプットする。

④ 私は相手から思われている、と解釈する。(←①のなかったことが強化される)

⑤ 後から(何年も経ってからということもある)、不快であり、見なかったことにしていた傷つきが「忘れてんじゃねーよ」と暴れ出す。

⑥ こんな私はダメだと自己嫌悪する。

⑦ ②〜④を繰り返す。

というような流れが起こっていました。

⑤は、その言葉を放った相手に対する怒りに変換されて出てきたり、あんなことをしてしまった自分はやっぱりダメな人間なんだという自責の念に化けて出てきたり、いろいろパターンがあります。

長年放置していると、傷の回復も遅くなります。。。一つに関わると、芋づる式に出てきたりして。。もはや回復作業には手が回らなくなります。

ちょっとした切り傷だったのに、長年放置したら、膿んじゃって奥の方まで傷みが・・・みたいな感じでしょうか。

 

あと、自己嫌悪があると、①を「傷ついた」としたとしても、それをすごく軽く見積もったり、もしくは傷ついたことにしかフォーカスがいかなくなる、みたいなことが起こります。

傷ついた、と、感謝しているの両方ある、ということに気づけない。その全部に気づけないんです。

 

あるから、あるものを見るだけ。

本当にシンプルだけど、これがものすごく難しい、みたいなこと。

 

そんな話もしたいな〜と考えています。

どんなかたが聞きにきてくださるか、ワクワクしながらお待ちしています!

よかったら聞きにきてください。

 

 

 

 

 

 

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