ラムネの思い出
ふと、思い出すことがある。
娘のイヤイヤ期が絶頂期を迎えていたころに、
スーパーのカートを自分で押したがって、辟易していたころがあった。
子ども用のカートがあるスーパーで、
自分でカートを押したことが楽しくて、それをいつもやりたがった。
だけど、普段使うスーパーには子ども用のカートはなく、
大人のカートを娘が押すと、前が見えないのであちこちにぶつかり、
ママと一緒に押そうというと、「自分だけでやりたい」と駄々をこね、
買い物に来ている人にぶつかりそうになるたびに、
謝り、舌打ちされたり、嫌な顔されて、ぺこぺこ頭を下げなくてはならず、
本当に憂鬱だった。
できるだけ、スーパーには一緒に連れてこないようにしていたけど、
どうしても連れてこないといけない日もあるし、
そういう日はあの手この手で気をそらしたり、
説得したり、そのたびにイヤダと言われ、
とにかく、買い物するだけで疲労困憊になる、という感じだった。
その日もカートを使いたがったが、
自分だけで!と頑として譲らず、
夕方で人が多い時間でカートを使わせるわけにはいかないと、
入り口のカート置き場で、娘と喧嘩になった。
人にぶつかると危ないこと、
今の時間は人が多いからカートを動かすのにもコツがいるし(なにしろ通路のせまいスーパーのため)ムスメちゃんにはまだ難しいこと、
人に迷惑がかかること、ママが困ること、などを根気強く説明したが、
娘のやりたい意思のほうがよっぽど強くて、
「ママはいや!ムスメちゃんがやるの!」とカートを一人で持ち出そうとして、
そのカートを私が抑えて、「これはおもちゃじゃないからダメ!」と
結局、怒って止めるしかない・・・みたいな感じになってしまった時があった。
買い物にきていた周りの人たちは最初、遠巻きに見ていたが、
子どもは大泣きしているし、(カート取りたいのに)邪魔だと言われるし、
私でなくて娘に対して
「危ない!ダメ!わがまま言うんじゃない!」とか怒鳴る人もいて、
見知らぬ他人に怒鳴られて、娘はもっと大泣きになり、
イヤイヤと相まって、収拾がつかなくなり、私も泣きたい・・・という感じで、
もう買い物は諦めて帰ろうとしたときだった。
「かわいい~、かわいいね~」と言って、
娘に笑いながら話しかけて、頭をなでてくれた年配の女の人がいた。
「かわいい」以外は、スペイン語?ポルトガル語?みたいな言葉で、
やさしい笑顔で、娘の頭や頬を撫でては
「かわいい~、かわいい~」と言ってくれた。
娘は、びっくりしたのか、泣き止んで、
じーっとそのおばあちゃんの顔を見ていて、だんだん落ち着いてきた。
そのときに、その方が、ラムネを出して、娘に食べさせてくれたのだった。
「おいしい?」と聞かれて、うんとうなづいて、娘がわらった。
言葉はぜんぜんわからなかったけど、
おばあちゃんと、娘はなんか通じ合って、
娘はうん、うん、とうなづいていた。
そして、私をみて、優しい顔をしてくれた。
ラムネはまだ食べさせたことがなかったけれど、
そのとき、私にはとてもありがたく、泣きそうだった。
「ありがとうございます」としか言えなかった。
そのあと、落ち着いた娘と一緒に買い物をして、
「おいしかったね、やさしいおばあちゃんだったね」と話しながら帰った。
このことを、娘は1年半後に話してくれて、
「ムスメちゃんのことが好きだから、ラムネくれたんだよ」
という記憶で覚えていた。
カートを使っちゃいけないと怒られた記憶ではなくて。
そのことをよかったなと思う。
あのおばあちゃんは、どうしているんだろう。
あのときは、本当に助かった。
そして、イライラして、ささくれだった私の心に、
娘はかわいい、こんなにかわいいと教えてくれて、ありがとう。
娘はもう一人でカートを押せるようになった。
今の私なら、もう少し違う対応を選ぶかもしれない。
人は成長する。